転職の魔王様2.0

 額賀澪さん「転職の魔王様2.0」(PHP文芸文庫)。



本シリーズはドラマ化され、つい先日完結を迎えました。
とても面白くて、毎週の放送が楽しみでした。







ドラマは二部構成になっておりまして、ドラマの第二部にあたるのがこの転職の魔王様2.0なわけです。シリーズ一作目に引き続き、とても面白い作品でした。



転職王に俺はなる……?

本巻でまず目を惹くのは、やはりなんと言っても魅力的な新キャラクターたちの登場ですね。
趣味が転職の転職王子に、ホスピタリティ溢れる仕事ぶりでクライアントを導く転職の天使様。転職という小説としてはピーキーな畑でこんなに収穫できるのかと呆気にとられるくらい豊作です。それぞれインパクトの大きい個性を持っている一方、きっちり「転職の魔王様」の世界に相応しい物語を背負っているところも見事です。遊びがあっても! 無駄はない!


そんな人々を前にしたレギュラー陣も、いよいよキレが増しています。
たとえばドラマにおいては丁寧な口調でびしびし突いてくる「魔王様」来栖嵐ですが、小説ではもっとぶっきらぼうにぐさぐさ刺してきます。表紙から受ける印象通りに「ドS」な言動をかましてくるわけですが、今回も厳しいこと厳しいこと。怖いよー。
一方で「どうして俺の昔の知り合いは転職者のふりをしてやって来るんだ」とぼやいたり、ズい店ばかり選ぶという癖について天使様を餌食に短いながらも抱腹絶倒の愉快なエピソードを挟んでくれたり、ドS一辺倒で終わらない奥行きある人柄を見せてもくれます。


主人公たる羊谷千晴も、そんな彼に当たり負けしないだけのたくましさがすっかり身についていました。
いつもの調子で喋り出す魔王様の足を踏んでやろうかと考えたり、
遂には「怒りのあまり勢いで」とんでもないことをやってしまったり。
「元」転職王子による突飛なビジネスの提案に「ビ、ビジネスですと……?」と返してしまうところなんて実に可愛らしく、飾らない彼女の素敵さが溢れています。

ドラマを視聴された方にこそ、是非オススメしたいところです。合わせて触れることで、より深く作品の魅力に触れることができますよ~。



「社会」と簡単に言うけれど

額賀さんの小説では、世間で注目を集めているトピックをテーマとして扱われていることがしばしばあります。(本シリーズでいうなら千晴の「広告代理店での社畜時代」もそうでしょう)
一方で、その周辺の目立たない景色までしっかり見つめて物語に織り込まれてもいらっしゃいまして。本作でもそれはひしひしと感じました。

たとえば「不動産の営業電話」。
かけられる側からすると喋る迷惑メールみたいなものでありましょうが(登場順から言えば迷惑メールが文章型の営業電話かな)、その営業電話をかける側の物語が綴られているのには脱帽しました。
実のところ(などと断るまでもなく)不動産の営業については縁遠いわけですが、そういう僕にも世界を垣間見ることができました。
小説って自分の知らないことを体験するのが醍醐味の一つじゃないですか。これぞ小説を読むことなのだという手応えがありました。
「数字を出す。利益を生む。それは当然なのだが、それだけでは仕事は楽しくない。じゃあ何が自分を楽しくさせるかといったら、やっぱり、自分の手を介して家を買った人間の人生が豊かになっていく実感があるからだった」。これ、本当に素敵な言葉ですよね。



あるいは「優等生のまま大人になってしまった人」。
そういう人が、どういう苦労を背負い込むか。贅言を費やすことなく的確に、ある意味容赦なく描き出しています。実のところ(などと断るまでもなく)そういう優秀さに大いに欠けているわけですが、そういう僕にも「優等生のつらさ」は手に取るように感じることができました。
自分ではない人間の気持ちや思いを感じ取れるのも小説の醍醐味の一つ。うん、これぞ小説だー!


「毎日をポジティブに生きるのと、先々のことを考えないのは違う」とは魔王様の指摘ですが、そういう「社会の厳しさ」は常にしっかりと土台にあるわけですね。
ただし、厳しさの鞭で立ち止まった人間を嗜虐的にいたぶるのではありません。
「立派な大人」の立場から相手を踏みつけ、自分の考える「ちゃんとした社会人」の枠に押し込めるようになるまで相手の実存を削り落とすのではなく、一人一人の悩みに目線を合わせてともに歩み、両手両足を力一杯振り回せる場所を探すのです。
相談者には様々なばらつきがあり、少なくない読者から「いかがなものか」と見られそうな人間もいます。だからこそ、上の姿勢に筋が通るのですね。


展開予想:サタン・エージェンシー設立(シェパードじゃ勝てない

ここから続きもあるようで、とても楽しみです。額賀さんはドラマもじっくり観て様々に吸収しておいででしたし、そこから得られた何かがきっと展開されることでしょう。いかなるケミストリーが生まれることか! わくわくしますね~。