【ネタバレ】「神様の恋愛相談請け負います」付記 尼野ゆたかと協力者の取材日誌 その2 ~江島神社 後編~

 江の島取材記の後編を。



1.あの鐘を鳴らすのがなんで俺

「神恋」の弁才天にとって重要な要素が、嫉妬深さ。
これは有名な「恋人同士で江の島に行くと弁才天が嫉妬して別れさせる」という言い伝えに基づくものですが、
その言い伝えは俗信も俗信で、特に何か立派な根拠があるわけではないそうです。

とはいえ、「鰯の頭も信心から」ではありませんが、みんながそうだと信じたらそういう神様になります。
元は漁業の神様だった恵比須が(今も釣り竿を持っていますね)笹持ってこいな商売の神様になったのも、同じことだそうです。
というわけで、設定を選択的に取り入れて(谷津矢車さん©)あのようなパーソナリティの持ち主になったわけです。


ただ、神のパワーで破局に追い込まれる島という風聞は江の島的には迷惑な話ですし、言い伝え的にはそもそも正反対のものがあったりします。
なのでそちらの方も本編ではちらりと触れておいたのですが、折角なので詳しく書きますと。

昔、昔のお話しです。江の島の近く鎌倉の深沢には湖があり、そこには五頭龍という龍が住んでいました。災害洪水を引き起こしていた五頭龍は遂には子供を食らうようになりました。
始めて子供を食べた所は初噉沢(はつくいざわ)、娘を食われた長者が住居を移したので長者塚と呼ばれたのだ、あの腰越も村人たちが移ったので子死越と呼ばれたのがその端緒だったのだ――とこの伝説では説かれます。
そんなある日、江の島に一人の天女が降臨しました。この天女こそ、誰あろう弁才天。弁才天に諭され恋をした五頭龍は悔い改めることを誓い、そして結ばれたのでした。

みたいな感じのお話を踏まえて作られたのが、恋人同士で鳴らすとずっと一緒にいられるという「龍恋の鐘」です。








恋人同士が鳴らす鐘を僕と最東対地さんで鳴らす意味が分からないと思いますし、実際僕にも未だに分かっておりませんが、
これは同行してくださった和泉桂さん(BL小説の大家にして、最近は他ジャンルにも積極的に活躍の場を広げていらっしゃる方です)の極めて強い指示によるものです。
(日記に載せるにあたって画像をお願いした時も、わざわざ高解像度で送って下さいました)
和泉さんはこの時「男くノ一が登場するBL小説」(!?)が全没になって落ち込んでらっしゃいまして、それを励まそうという意味がありました(僕と最東さんが鐘を鳴らすと和泉さんが励まされる意味が分からないと思いますし、実際に僕にも未だに分かっておりませんが)。
まあ男くの一も形を変えつつ完成にこぎ着けたそうですし(おめでとうございます!)、なんがしかのご利益はあったのかもしれません……。





さて。これだけだと和泉さんは尼野ゆたかに鐘を鳴らすよう命じて喜んでいるだけの人ですが、決してそんなことはなく。
尼野ゆたかが江の島について理解を深める助けを行ってくださいました。







それがこちら。三つある社のうちの一つ、奥津宮にて突然デカいしゃもじが登場したのです。






僕が「しゃもじ……どういうことだ……」と固まっていると、和泉さんは近くの社務所にすたすた近づいて「あのしゃもじなんですか?」と聞いてくださったのです。
尼野ゆたかの引っ込み思案ぶりが分かる迷エピソードですが、ともあれおかげさまで公式見解が確認できました。
それは、「元々他のところの信仰です」というもの。
折角聞いてもらったのにやっぱりよく分からなくて「他のところ……どういうことだ……」となり、帰ってからあれこれ調べてみると、
これはどうも前回の取材記でも触れた神仏分離令の影響であるのかな? と。



神と仏を分けろという国家からの一方的な圧力を前に、江の島は仕方なく信仰の形を変えることになりました。
その際執った手段が、弁才天と同じ存在と見なされていた日本の神・市寸島比売命(イチキシマヒメノミコト)を祀るというもの。
そして市寸島比売命というのは他に二人姉妹がいて、そちらも祀るようになったのです。
この三姉妹を祀ることで有名なのがかの厳島神社で、しゃもじは厳島神社において縁起物として有名なのですね。
というわけで、そういった感じの意味が含まれていたのかも? と考えました。

後書きにも書きましたとおり元々ゼロからスタートだったもので、しゃもじとは厳島神社の象徴ということをきっちり把握しておらず、
後から気づくことになったのでした。それが分かっていればすぐに一本で結べたのかもしれません。




読んで頂いた方ならおわかりの通り本編にはしゃもじがでてきたりはしないのですが、 
しかしこういうことをあれこれ考えることで、自分の小説やその世界っていうのかな、そういうものを深く掴むことができました。ありがたいことです。






2.アナログ・ケイブ


奥津宮といえばこんなものも。







これを見て「ああ、そういや武神らしいな」と思い出したのが、戦う弁才天に繋がったのかも。
武器を沢山持っている弁天像も実際にあります。沢山手が生えてます。







こちら、本編でちらりと出てきたトンビに注意看板。
実際めちゃくちゃ沢山いて、空を見上げると翼を広げたトンビが何匹もぐるぐる回っているのが見られました。
文字を見る限り万が一一撃かまされた時の対処法までマニュアル化されているみたいで、ちょっと面白いですね。











やがて、島の端へ。波に削られた岸壁が見事でした。時間を掛けて作られたものは大体なんでも凄いもんです。
撮影にももっと時間を掛ければそのすごさがもうちょっと撮れたかな……







そして洞窟へ。本編ではやむを得ず省略しましたが、こんな感じで龍もいました。





こちら、別の世界への入り口となっていた江島神社発祥の地。弁才天がどういう存在なか語られる「金光明最勝王経」では、弁才天は坎窟(洞穴)や河辺などに住むとありますので、その辺もあって洞窟に祀られたのでしょうか。

中々怖いというか、近寄りがたい感じがありました。特に狛犬。陽輔が足を踏み入れるのを躊躇うのも無理ない話と言えましょう。飛びこませた僕はとんでもない罰当たりでありますが。


デジタルな世界では中々出せない五感を刺激するあの感じに、昔の人々は信仰心を呼び起こされたのかもしれません。かつてはもっともっと険しくて近寄りがたい場所だったでしょうし。
西洋における教会建築や様々の芸術は、神の威厳を表現するために発達した……みたいな話を思い出したりもしました。その辺も小説には少し反映させたような気もします。





とこんな感じの江の島でありました。ご一緒してくださった方々には本当に感謝しております。一人でふらふらしていても、これほど得るものはなかったでしょう。ありがとうございました。




次回は、由比ヶ浜など鎌倉関係を。元々行く予定がなかったのですが、行って見て収穫が大量にあったという取材でありました。引き続きお付き合い頂ければ幸いです。