殴り合う貴族たち

繁田信一さん「殴り合う貴族たち」の話。





平安貴族という蛮族がいる




手元にあるのは文春学藝ライブラリーの硬派なやつなのですが、表紙はソフィア文庫のが一番好きです。貴族が殴り合ってる。

 

「法皇の童子をぶち殺して首を取る」「自分をフッた姫様をぶち殺して野良犬に食わせる」「女房(女官)が親王(天皇の皇子)の従者と宮中で殴り合う」「女房が天皇を殴る」など、現代人ではとても敵わぬ蛮族っぷりが綴られていて最高です。

文春学藝ライブラリーで追加収録されたエピソードも、「在原業平が天皇と相撲をとって投げ飛ばし天皇が椅子にぶつかって椅子が壊れた」という本当に何やってんだよそれみたいなやつでたまりません。
 

 
 

でも学問なんだぜ


 
この本の凄いところは、これだけ俗なテーマを扱っていながら、「わーひどーい」で笑って終わりにせず、学問としての歴史に触れさせてくれる点。



上記のような野蛮人ども故に、飲み会も大変ひどいものになるわけですが、たとえばかの紫式部もそれから逃れることはできませんでした。
 

紫式部は飲み会の場で「リアル若紫(登場時10歳のロリキャラ。のちに成長する)どこっすかwww紹介してくださいよwww」みたいなウザ絡みをされます。これが清少納言なら天才的な機転を利かせて木っ端微塵に粉砕するところでしょうが、紫式部はそうもいきませんでした。
おそらくはその場では何も言えず相手が面白がるままにされ、そして帰ってから「はあ? リアル光源氏がどこにもいないのにいるわけないだろバーカ」的な日記を書くのです。

この陰に籠もった感じが作家だなあと少し笑ってしまうところもありますがそれはともかく、最後に配置されたこのエピソードから僕たちは、「源氏物語という文学が生まれたのはどういうところからか? 」という部分までしっかり掘り下げて理解できるわけです。
 

紫式部は作中に自分を登場させている(人妻なのに光源氏に口説かれたら一夜を共にし、一夜を共にしておきながらそこから「やはり身分が違うので貴方の愛は受けられません」的振り方をして光源氏に哀しみに満ちた歌を詠ませたりするキャラ)ことでも有名ですが、
それだけ登場人物に己を投影するのも大いに故あってのことなのですね。
紫式部は藤原道長という平安最強のパトロンのバックアップを受けて小説を書きまくった勝ち組オブ勝ち組なんですが、しかし必ずしも幸せではなかったわけです。



大正から昭和にかけて多方面で活躍した佐藤春夫という詩人がいまして、その佐藤春夫の「詩論」という詩を何となく思い出しました。短いので引用しますが、


消えやすいよろこびを 何で
うたつてゐるひまがあらうか、
アイスクリイムを誰が噛むか。
悲は堅いから、あまり堅いから
(嚥んだり噛んだり消化(こな)したり)
人はひとつのかなしみから
いくつもの歌を考へ出すのです。




芸術って、表現って、少なからずそんなものなのかも~って思ったりしましたね。