「想像力と数百円」(昔の新潮文庫のキャッチコピー)
一言そえればよろしかった。1969年だからもう五十年以上前の本ですね。表題作が直木賞を受賞したやつ。父方のばあさん(陳舜臣ファン)から引き継いだ2版くらいの文庫を持ってます。いま外なんで分かりませんが定価二百円かそこらでしたね…… https://t.co/PH38rzmPA7
— 尼野ゆたか@5月15日コラボ小説刊行! (@amano_yutaka) March 16, 2023
Twitterでこんな話をしましたが、
確認してみると280円でした。
父方の祖母は別段本を骨董品のように扱う人ではなかったので、ご覧の通りべこべこです。しかし愛読していたことが伝わってきます。
小説十八史略とかもこう。しかも間に本を読まない人やあまり読まない人を挟んだこともありヤケシミも派手なのですが、特に気にしてません。これはこれで本の歴史です。むしろ味わい深いんじゃないかな~と思ったりもします。手沢本、なんて言ったりもするわけで。
中身には何の影響もないですしね~。(あと自分も不器用かつ雑なので偉そうなことがまったく言えない)
本の内容の話をしましょう
収録されている作品は中国史を元にした「ザ・陳舜臣」な作品を想像すると!? となる感じです。
「カーテンのお克」なる二つ名を持つ「いささかイカレた」ヤンキー少女・克代ちゃんが出てきて「覚えてまっせ」とか関西弁で喋り倒す「小指を追う」、教師の主人公が中央アジアへ渡り「生命が激しく燃え上がり、平凡な生活にかがやきを与えた」経験をするという船戸与一っすか……? な展開を見せる「カーブルへの道」など、改めて読むとびっくりしますね。
現代読者がなんと思うやら……ドキドキ……
そんな中でも、ラストに収録された表題作にして直木賞受賞作「青玉獅子香炉」は、これぞ陳舜臣!! な作品です。
陳舜臣さんの「文化」「文化遺産」への強い関心と深い愛情は、たとえばこの本に収録されている「カーブルへの道」でも描かれていますし、「耶律楚材」とか「敦煌への旅」など他の本でも表現されているわけですが、この表題作では故宮博物院文物という史実を元にした上で最前面に押し出されています。
文化は、文化の所産であるところの文物は、それ自体では生命力を有しません。放置されれば為す術なく風化していきます。学問でも芸術でも、勿論小説でも、誰かが生み出し、受け取り、受け継ぎ、守り、そしてまた生み出すことで永らえていくものです。その営みの力強さが描かれていて、胸を打たれてしまいます。
邪推ではないと思うのです
また、主人公の李同源はある年上女性への強い憧れと思慕に突き動かされるようにして動くのですが、こういう感情って陳舜臣作品にはしばしば見られるような気がします。
「秘本三国志」がそうですよね。上で挙げた「耶律楚材」も、(年上ではなかったと思いますが)女性に対する感覚はどこか「憧憬」であったような。「諸葛孔明」にもそんな感じがあります。継母に耳元で囁かれて、そしてその美しさに気づいて魂を奪われてしまう孔明。他にもあった気がするな……読み返さないとな……。
そしてそういう色々な感情に歴史の大波が容赦なくぶつかることで物語は激しく揺さぶられるわけです。初めて読んだときはウワアアウオオオとなったものです。遠い昔のことなので記憶は曖昧ですが、感情はよく覚えています。
足立巻一さんによる解説に引かれている選考委員の評(大佛次郎!)「政治的変動に揉まれながら流転する人間の姿が面白く、また変転を続ける時代そのものもよく生かしてあると思った」は冷静で、さすがだな~と思ったり。
「資料の渉猟と執筆に寧日なかった」←解説で見つけた使いたい日本語
足立巻一さんの解説の話をいたしましたが、これがまた今となっては大変よくて。
(江戸川乱歩賞出身なのに)自作にミステリ要素があっても推理小説とは呼ばず「スリラー」と呼んでいたとか(なぜ推理小説を書くようになったのですか? と聞かれて「スリラーが好きだから」と答えたそう。こだわりを感じますね)、正月には和服を着こなすとか、直木賞受賞パーティーを神戸オリエンタルホテルで開いたら(豪華!)華僑がいっぱい集まって身動きとれなかったとか、陳舜臣ファン向けおもしろこぼれ話がいっぱいなのです。でも解説は新録されるかな~。