秘めた想いの桜飯 はるの味だより

 佐々木禎子さん「秘めた想いの桜飯 はるの味だより」(ハルキ文庫)。

 

 


 

シリーズ完結巻!!



細やかな言葉たち

はるの作る料理はいずれも繊細な味わいを感じさせるものです。まるでその風味をそのまま移し替えたかのように、様々な描写が奥深い機微を描き出します。

 

今回登場する力士の卵・金太郎の、大柄な一方で繊細な立ち居振る舞いなどは本当にそうですね。

しっかりしろいとはたかれる時に、ちょっと姿勢を変えて叩かれやすくするところなんて本当に唸りました。

こういう、場の流れをよくする受け身みたいなの(プロレスでいうところのバンプ)が上手な人っていますよね。何も肉体的なものに限らず、言葉についても同様に受けとめ、いやな感じにならずに雰囲気を和やかにする力を持つ人です。

それを彼の優しさという観点から描写することで、更に深い奥行きを感じられました。



おきくさんの「謝り方」も同様な印象を受けました。やってしまったことを考えれば、それでいいのかという謝り方ではあるのですが、彼女にとっての誠意はそこにあるということが丁寧に丁寧に描かれていて、仕草や声色までもありありと思い浮かべられました。



そのおきくさんのあだぼれ、恋に恋する仮初めの気持ち。これについて、容赦なく(という表現が正しいかは分かりませんが)しっかりと言葉にするところもお見事でした。
はるの中でどろりと粘る思いも避けずに描く一方で、最後はお互い持っている相通じる部分が響くのをはるに感じさせて締めくくります。
この様子を一言で「共感」とまとめてしまうことは容易いです。しかし、その言葉の中に折り畳まれているものをあえて丁寧に広げることで、人間関係のより複雑な部分がビビッドに立ち上がるのですね。




はるのたたかい


最終巻にして、ようやく気づいたことがあったりします。

はるは一人ではありません。
師とも呼ぶべき治兵衛さん、悪評を打ち消そうとしてくれる八兵衛さん、親友おみっちゃん、足を運んでくれる常連さんたち、そして彦三郎。
はるは人に恵まれています。彼女の温かさ、誠実さが人を集めるわけです。
しかし、料理をする際には一人なんですね。彼女は助言をもらうこともできれば協力してももらえる。しかし、厨房に立つ時は彼女一人。重荷を分かち合う相棒だけはいないのです。 
彼女が料理に取り組む時にはどこか緊張感が漂いますが、一人だからこそなんですね。全ての部分に責任を負うからこそ、そこにはひりつくものが感じられます。
ほんわかとしていたはるですが、最終巻にて「江戸」に勝負を挑むという志をはっきりと自覚します。上手く行き始めた時に、「今だからこそ勝負する」という気概も見せます。
「闘志にも似たもの」が彼女に芽生え根付いたのは、こうして頑張ってきたからなのだなあ、と納得させられました。


おいしいということ


様々な物事が解決する、大団円の結末でした。しかし一方で、寅吉との物語やおきくさんの生き方など、一言で言い切れぬ後味も残り、簡単に言い表せない余韻に浸っています。
料理の美味しさというものは単一ではなく、様々な「味」が幾重にも折り重なって生まれる。そのことを、改めて感じさせられる次第です。本当に素敵な物語でした。