「太陽はいっぱいなんかじゃない」

菅野彰さん「太陽はいっぱいなんかじゃない」(新書館ディアプラス文庫)。

菅野さんからご恵投頂きました。ありがとうございました。
どんな本かというと、永田町BLです。な、ながたちょうBL!?




あとがきにもある通り、人気シリーズのスピンオフのそのまたスピンオフという位置づけの作品です。
シリーズもBLも初心者の僕が読んで果たしてどうなるのか! と思いきや、面白くまた興味深く拝読したのでした。


シリーズを知らないと読めないということはなく、独立して物語が綴られていました。
おそらくBLというジャンルにとってセンシティブであろう要素を果敢に取り上げつつ、物語としての起伏はしっかりつけて、なおかつ「永田町」を舞台に選んだことも存分に活かして組み立てられている。そんな印象です。



明確なメッセージ

メッセージ性ははっきりとあります。最近読んだ丸山眞男「政治の世界 他十篇」(岩波文庫)において、

「政治的な思惟においてはむしろそうした価値付けから無色な認識というようなものはありえないのではないかというふうに考えられて来る」 

とか、

「政治的世界においては俳優ならざる観客はありえない。ここでは『厳正中立』もまた一つの政治的立場なのである」

とか語られていたのを思い出しました。





これらの文章は、政治学者である丸山眞男が政治学について書いたものであり、そのまま作家や小説に当てはめることはできないのですが、やはり想起はしてしまいました。テーマとして取り上げるにあたっては、「誰の味方でもありません」という訳にはいかないのですね。



しかし、主義主張を振りかざし、相対するものを棒で打ち据えるような物語であるかというと、そんなことはありませんでした。

再び「政治の世界」からですが、作家シュテファン・ツヴァイクのものとして引用されている、

「全世界が一枚のハンカチのように真っ二つに引き裂かれるほどの風当たりの強い軋轢相剋が生じることがある。この嵐は田舎という田舎、町という町、家という家、家庭という家庭、心という心を両断するのである」

という文章、これはまさに息詰まるほどに今の世相を言い当てています。


そういう裂け目を強いて作ることなく、様々な人の様々な考えに思いを馳せながら書かれた小説だと感じました。
直接お話を伺った時も、「書くために勉強して、様々な問題で異なる見解について頷かされることもあった」という風に仰っていて、そのご経験をしっかり活かされたのかな、と勝手に想像しております。

 

 

 「名刀の傷が残ったので、男を上げたくらいです」もいい

とこんな風に書くと厳めしく難解な小説であるかのようですが、そこはさすがのベテラン作家、読者を掴んで離さない工夫にも抜かりがありません。


たとえば時折挟み込まれるユーモア。ふっと肩の力を抜いてくれて、とても効果的でした。
個人的には「ネクタイをむしり取る」ネタが本当に好きで。おそらく本編では大変ドラマティックなシーンだったのでしょうが、裏側から見たらもう面白い面白い。
不謹慎な僕は、もう表紙を見てても「先生! ネクタイをむしり取って演台に叩きつける準備ですか!?」とかヤジを飛ばしたくなってしまいます。いやまあ、ほら、政治とヤジは切っても切れない関係だということで……

 

勿論愉快なやり取りばかりではありません。やるせない感情が炸裂する場面では、絢爛豪華な表現が惜しげもなく駆使され、登場人物たちの心が細やかに描かれます。

それは「濡れ場」(この表現でよろしいでしょうか)でも同様。喚起されるのは肉体的な欲求や快楽よりも、一つになることの「気持ち」でした。男性向けの成年コンテンツにおける直接性とは違う何かが感じられました。勿論一言でBLといっても様々に奥深いものであり、簡単にまとめられるものではないのでしょうが。

 

 

鬼怒川温泉のリゾートのスイートというより観覧車な日常ですが

物語の素材として社会的なテーマを扱う場合、それは「ネタ」として「消費」しているのではないかという問いがぶつけられることがあります。

とはいえ、「永田町」を舞台とした物語を消費せず受け止めるということは、中々に大変なことです。真っ正面からぶつかれば、まず間違いなく消し炭になってしまいます。

僕個人としては、「政治の世界」になるほどという部分があったので、みたび長々と引用してみます。

「なにか普通人の手のとどかない雲の上の特殊なサークルで、風変りな人間によって行われる仕事と考えないで、または私たちのごく平凡な生活を断念してまったく別の世界にとびこむことのように考えないで、わたしたちのごく平凡な毎日毎日の仕事のなかにほんの一部であっても持続的に座を占める仕事として、ごく平凡な小さな社会的義務の履行の一部として考える習慣――それがどんな壮大なイデオロギー、どんな形式的に整備された制度にもまして、デモクラシーの本当の基礎です」

これかな、という感じです。登場人物たちに、愉快な冗談を口にする瞬間や切ない思いを伝え合う場面があるように。僕たちにも僕たちの暮らしがあり、毎日があるわけです。
それを踏まえた上で、できる範囲で少しだけ割り当てるという感じですね。

 

 

菅野さんご自身も、SNSで突撃! 永田町! みたいな日々を送ってらっしゃるかというとそんなことはないわけで。

たとえばThreadsでは、可愛いお猫さんたちとの日常を綴っていらっしゃいます。




鼻の下の毛が真っ黒なお猫さん、漱石先生というお名前なのですが、もう本当に漱石すぎて最高ですね。