資料の森でつまずいて……(後編)

というわけで後編です。改めて、一度にアップしようとしてたなんて蛮行だなあという量だなあ。

瓷という字の前で絶望しかけていた尼野ゆたかですが、いや待て待てと気を取り直しました。途方に暮れるのはまだ早い。他の資料はどうだったか見てみよう。



ちゃんと精読したいシリーズだったりします

そう思い直して、次にひっくり返したのが「文房清玩」。 大谷大学名誉教授の故・中田勇次郎氏が、文人が自分たちの趣味について語った様々な書籍を訳し、全五巻でまとめたものです。二玄社から刊行された本ですが、二玄社のサイトに繋がらぬ……

あの道具がいいこの道具がいいという話は勿論のこと、鶴の飼い方やらおすすめの仏像、執筆に集中している時にトイレをどうするかに至るまで、中国文人の生活についてのあれこれがたっぷり詰まっています。 天工開物以上に分量があって読み返すのは大変なのですが、国立国会図書館デジタルコレクションに収録されていて全文検索できます。ありがたい。

 

早速探してみると、普通に「磁器」と訳されていました。
原文(大抵の漢籍=昔の中国の文献は電子化されています)を確認しても、磁器と訳されているところは「磁瓶」とか「不独磁也」とか書いてあります。普通に磁の字を使っているじゃないか。はてさてどういうことだ。



再びネットを探してみると、磁州窯(磁州という地域にある焼き物工業地帯とその製品の総称)という項目でこんなものを見つけました。


『原色陶器大辞典』の「磁器」の項には、「漢字の磁器の語は瓷器の俗字で、明時代の随筆『五雑爼』には『今俗語に窯器を謂ひて磁器となすは蓋し河南磁州窯最も多く産するによりて相沿ひて之を名く』とある」と書かれている。


「今俗に磁器というのは、磁州で一番作られてるからそれに基づいて名前がついたのだ」ということみたいですね。フムム!



それでは、出典の大本である「五雑爼」(ござっそ)を見てみましょう。
これも勿論電子化されていて、検索すると、

今俗語,窯器謂之磁器者,蓋河南磁州窯最多,故相沿名之。

という文章がありました。わー! ほんとだ!
こちらだと書き下しは「窯器をこれ磁器と謂うは」みたいな感じでしょうから、文章が微妙に違う気もしますが、まあ意味は変わらないはずだからよしとしよう。色んなテキストがあるのかもですね。



しかし磁州で作られるから磁器だってノリ、瀬戸で沢山作られるから瀬戸物だってのとよく似てますよね。面白い。



資料のはらわたライジング


こうして謎は解けました。ところで、磁器という言葉の普及具合はそもそもどのくらいだったのでしょうか。気になる。
段々期間限定皇后と関係ない次元に突入し始めていますが、更に確認することにしました。



古今図書集成という百科事典があります。清(明の次の王朝。大体江戸時代から明治にかけて続いた)の康熙帝(こうきてい)という皇帝が編纂を命じ、次の雍正帝(ようせいてい)の代になって完成したものです。

巻数は10000巻。ガチで万巻の書です。調べようと思ったら超分厚い目録を頼りに書巻の海を漂流する羽目になりそうなところですが、これも電子化されていて検索できます。ありがたや。


検索してみると、とある箇所で「磁器部」として立項されていました。何と、この頃には俗語だった磁器の方がメインで使われていたようです。

磁器部をがーっと見てみると、普通に瓷器も磁器も混在しております。上で引いた天工開物も、挿絵ごと収録されていました。まあどっちでもよかったってことみたいですね。




磁器を巡る旅の終わりに(おおげさ)


たとえば百度百科(中国版Wikipedia)を見ると「瓷器」とだけあるので、多分今はこの形で統一されており、Wikipediaの記事もそれにのっとって書かれたと思われます。しかし、かつては磁器であり瓷器でもあったのでしょう。

多分まあ、こういう風に結論づけられそうです。おそらく。



そしてそこで期間限定皇后のことを思い出し(割と本当に忘れていた)、理由付けを頑張ることにしました。忘れてたんかい! はいそうです。

` `

ありがたいことに前編に対してリアクションを頂きましたが、その中のこちらなどはまさにって感じで。

知らないことを知るのは楽しいし、楽しいからもっと知りたくなる。困ったことに知らないことは無限にあるので、無限に楽しくなってしまう。「吾が生や涯(はて)有りて、知や涯無し」というわけです。




さあ理由付けだ……えーと……上記のような形でおそらく現実における磁州に類する磁家荘とか磁徳鎮みたいな地域が存在し、それ故に磁器という表記も一般的だったのだ。立命社大学人文科学研究所が出版した「中夏文字考」にもそんな感じの記述があるのだ。

勿論そんな大学も書籍もありません。まあ民明書房のようなものです。ワハハ。

毎回こんな話はあれこれありつつも特にブログに書いたりしませんでしたが、折角ご質問頂いたこともあり長々としてみました。読んだり読み返したりするにあたって、なにがしかの助けとなれば幸いです。




そんな感じで完成した「期間限定皇后」、絶賛発売中です。読んでね。