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暁花薬殿物語八巻を読んで 後編

 後半です。前半はこちら





本好きが集まるオンラインのコミュニティであるデジタル・ケイブ様が、佐々木禎子さんをゲストに迎えたイベントを開催されるということがありました。



丁度暁花薬殿物語八巻の刊行日直前で、色々と興味深い話を伺えたのですが、中でも印象深かったことの一つに佐々木さんが「成長」をキーワードとして挙げられたことでした。
シリーズを振り返ってみるに、なるほどそれはカウンターメロディの如く響いているようにも感じられまして。




幸せはそこにあるのではなく

 

あとがきには、「みんなそれぞれに幸せに向かっていくキャラ」という言葉が記されています。
しかし、その幸せとはぼんやり座っていて与えられるものではありません。
登場人物たちは、それぞれに様々な成長を経ながら幸せへと手を伸ばすのです。

たとえば千古・帝・秋長の三名。それぞれがそれぞれに歩んだ道が八巻で一つの答えに繋がるわけですが、そこを触れるとネタバレなので……。
既刊の部分から、千古について取り上げてみます。



まさしく主人公として、型破りの活躍を見せる千古。一方彼女は型におさまらないだけに、人並みの喜びや普通の幸せには手が届かないという重い葛藤を背負うことにもなります。
そして、それまで千古に嫉妬していたとある平凡な登場人物が、その平凡さ故に普通の幸せを手にした時、千古は胸を焼かれるような嫉妬を覚えるのです。


嫉妬は人として極めて自然な感情ですが、あまり是とされないものであるが故か、物語の主人公はしばしば免責されます。しかし千古は真正面から、情け容赦なく打ちのめされるのです。

そして、それを乗り越える。なかったことにするのではなく、デウスエクスマキナに救済されることもなく、嫉妬は嫉妬として飲み込み前に進みます。まさしく成長ですね。リアルタイムでその場面を読んだ時には震えました。ここまでやる。ここまでできる。ぬるま湯じゃないんだぜと。



少しメタ的な「成長」も

もう一つ、違う観点での「成長」を。
作中での存在感を増していった、「キャラクター」としての成長が見られる登場人物もいます。
たとえば征宣。自分の興味関心をひたすら追求し、他の部分(人付き合いとか世間常識)へのパラメータの割り振りがおかしいというギークでオタクなキャラなのですが、そんな彼は八巻で大変重要な役割を果たします。
それはただ「薬に詳しい」という特長を生かした便利キャラとしてのものではなく(それなら千古でいいわけですしね)、彼のパーソナリティに由来するものなのですね。人としての重みと奥行きの掘り下げがなされたからこそなのですね。
あと、彼の美点に気づく人も現れるのですが、そこになんだかある種の嫉妬を感じました。羨ましい……うぐぐ……(成長できてないので嫉妬が飲み込めない)


暁下の大臣もここに入るでしょうか。星宿や蛍火の時にも感じましたが、こういう立ち位置のキャラクターを安易に切り捨てて退けず、その拠って立つところ、背負うものまで眼差しを向けるところに凄みを感じます。
簡単に同情するのではなく、冷淡に突き放すのではなく、見つめて理解する。人を見ることを怠けない人の書いた小説だなと感じます。


小説を書いていても、あるいは日々暮らしていても、「この人はこう」「あの人はああ」と札を貼り付けたり箱に入れたりしがちな自分としては、襟を正すとか己のあり方を省みるとかいうより、もっと差し迫った課題を突きつけられたように感じております。いかんなあ。



おわりに


一番の柱は勿論物語なわけですが、そこを避けるとどうしてもこういう書き方になってしまいますね。木を見て森を見ずどころか森へ行って木を見がち人間なので……そしてカブトムシおるで! とかはしゃぐもので……

まあ、暁花薬殿物語が僕にとって様々な形でヒントをくれる、示唆に富んだシリーズでもあったということでひとつ。



 
佐々木さん、お疲れ様でした。素晴らしいシリーズをありがとうございました。これからの更なるご活躍にもご期待申し上げております!

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